黒井城

別名 保月城
   保筑城
付近住所 丹波市春日町黒井 現在−
2005/6/9 碑・案内板アリ 日本城郭大系


赤松氏→
赤井氏
黒井城は別名を保月城・保筑城とも呼び猪ノ口山(標高356m)にある山城で南北朝時代の建武2年(1335年)春日部荘を領した赤松筑前守貞範(則村の次男)がはじめて山頂に城を築いたことからその歴史は始まります。その後、約200年間数代の城主を経て戦国動乱さ中の天文23年(1554年)荻野(赤井)悪右衛門直正が城主となりその勢威の拡大とともに全国的に大改修の手を加えたのが現在の黒井城跡です。山頂の本城部分には荒々しい野面積みの石垣を積み上げこれを囲んで中腹には三段曲輪、太鼓の段、石踏(せきとう)の段、西の丸、東出丸などの曲輪を配して防禦を固めています。更に枢要な尾筋には千丈寺、龍が鼻、的場、百間馬場などの砦跡があり、また山中のいたる所に曲輪跡、土塁、堀切りなどの防禦施設が埋もれていて周囲約10kmにおよぶ猪ノ口山系全体が巨大な城塞となっています。天正7年(1579年)8月、さしも堅固を誇った黒井城も丹波平定を急ぐ明智光秀の大軍の前に落城をとげました。その後、400年余りの間、なんら人工の手を加えられることもなく今でも戦国時代の城のようすをそのまま残している城跡として全国的に高い評価をうけています。

 外観

 縄張図